Natsuko Mizuguchi

Biography バイオグラフィー


水口菜津子 みずぐちなつこ
2009年京都市立美術研究科ビジュアルデザイン修了。


幼い頃から絵、詩作、観察に興味をもつ。
5歳ごろ保育園の先生と母の勧めで子どもの絵画教室に通い始める。
小学生の頃、芸術家という生き方があることを図書室の本を読んで知る。
10歳ごろ、友人の勧めで教室でデッサンを学び始める。


一人で黙々と描く絵画も好きだったが、イメージを形にする方法を学びたいと銅駝美術工芸高校のデザイン科に入学する。
しかし、デザインの深さに気づき3年間では習得ができず、大学でも学びたいと思うが、受験に落ちて長い浪人生活を送る。


十数年通い続けた教室を辞め、ー年間一人で自身を深く見つめる。
イタリア旅行に行き、赤子のような吸収する心を取り戻し、地方色豊かな土地と心豊かな人間の感覚に衝撃を受ける。
また日本の地方色について考える。


新しい教室に通い、三浪の後、ようやく京都市立芸術大学ビジュアルデザイン科に入学する。
世界がダイアモンドをまぶしたようにキラキラと輝いて見える。
より世界がよく観察できるように、思いきって十数年描き続けていたデッサンをひとまず辞めることを決める。


浪人時代、一人きりで、毎日絵を描き、文章を書く生活は、あまりに幸福な時間で、
ふとこれは作家生活と似ているのではないかと思われ、大学に行く意味を考えた。
一方、自身と作品との循環で生まれる作品の質は、何かが足りないと思われた。
そこで、大学生活の一つのテーマとして、あらゆる人の声を聞こうということを決める。
業種、世代問わず講演会に行くこと、道で出会った人と話すことなどを行う。
また人間の生き方について興味を持つ。


大学一回生の頃、東北一人旅を計画した。寝台列車で青森まで行き、一日一ヶ所美術館などを巡る以外は予定を決めず、
行き当たりバッタリで歩くという計画。
電車に間違って下車した小さな村で、親切な村人にローカルな案内をしてもらって、とても感動する。
その村でアートプロジェクトという言葉を知る。
また旅人気分で歩くという感覚に気づく。

大学の課外授業で蔵の改修をしたり、展覧会を経験し、
その延長で大枝アートプロジェクトに初期から参加することになる。
大学周辺地域で新聞を発行したいとミーティングで相談した2005年、
偶然名前も知らなかったガリ版を先生から教わり、ガリ版探しを始める。
ちょうど、四芸祭(現在五芸祭)の東京会場へ行こうと友人と計画し、
先にワークショップに参加するために一人で1日先に行くことにした。
空いた時間を山手線散歩を思いつき、気になる駅で少し降りては移動するを繰り返す。
その途中、時空が歪むほど古く感じる印刷所が目に止まり、
近づいてみると近年までサザエさんの台本を謄写版(ガリ版)で制作していた
不二プリント商事さんで、道具を初めて見て説明を受けて、鉄筆でサザエさんと製版すると、
印刷工の職人さんが手回しの印刷機で目の前で刷ってくださり感動する。
偶然、別の場所で孔版画(ガリ版)名人の本間吉郎さんの個展を拝見するが、
高度な技術による表現方法でガリ版とはその時は気づかなかった。


ガリ版ネットワークの志村さんに連絡して、プロジェクトの先生が蔵にガリ版を設置してくださる。
メンバーや立ち寄る人を時々巻き込みながら、上達のスローな不定期なガリ版新聞を発行したり、
大枝アートプロジェクトの活動に学業と両立しつつ、熱中する。
メンバーらとガリ版伝承館でガリ版合宿や展示を行うなど交流が生まれる。


ガリ版と関わる過程で、活版職人さんや古代の植物染めの職人さんなど、様々な出会いを通じ、
手仕事や時代のスピードで忘れてしまった大切な何かについて考える機会が増える。

大学院修了後はデザイナーとして活動する予定であったが、ガリ版やアートプロジェクトとの出会いにより、
気がつくとアート方面に流されていたが、自身にとって自然な居場所のように現在は感じられる。


2014年の初個展を機に、展示やワークショップ、作品提供やオリジナルデザインのガリ版印刷物や
物語から印刷製本まで行う本作りなど、表現が多角的に広がっている。
これまでのガリ版との関わりが、時空を超えた旅路のように感じられ、
自身の立ち位置をガリバントラベラーと表現することもある。


2017年の夏の個展以降、母の体調不慮により、年末から2018年夏に旅立つまで、自宅で看病や介護を
母の口頭指導のもと行い、ほぼ専念する。
医療行為がほぼできない中、医療関係者、福祉関係、などたくさんの人々と協力、連携しながら、
食事や手当、よく観ることの大切さを学び、現在の医療や福祉の状況や、
病と健康、自然治癒力を働かせる方法はなど様々考えさせられる。
思いがけずアートで培った感覚がフル活用され、二人三脚で全力以上のユニークな記憶に残る日々を過ごす。
命は人の範疇を超えた与えられているものだと改めて実感する。


感覚の様々な変化にともない、活動スタイルについて大きく変えていこうと決め、少しづつ活動を始める。
京都在住。

(2019年8月記)